お知らせ

「暴漢に強奪された!」~保険事故をめぐって

 母「あんた、傘、無くしちゃったんでしょ。」
 子「違うよ、ママ。電車のなかで、知らないおじさんに盗まれたんだよぉ。」
 母「子ども用の傘を盗むわけないでしょ。あれほど、電車から降りるときは忘れ物がないかどうか確認するように言ったのに。」
 子「違うんだよ、ママ。ホントにおじさんに盗られちゃったんだよぉ。」
 こういうときはあまり厳しく追及しないのが教育ってものですよね。子どもに忘れ物はつきものですから。
 でも、オトナの世界は厳しいもので、本当に盗まれたのかどうかをめぐって裁判になることもあるんです。特に盗難保険がかかっているときは深刻です。

 石垣さんは、いわゆる金券ショップの社長さんで、都内に数店舗を展開しています。ある日の深夜、現金とハイウェイカード(ハイカ)を入れた鞄を持って帰宅中、暴漢に襲われて鞄ごと強奪されてしまったというのが、石垣さんの説明です。現金が約500万円、ハイカは1235万円相当だったというのですから、事実としたら大損害です。
 もう少し詳しく聞いてみましょう。
 「午前0時過ぎ頃、鞄を持って自宅近くを歩いていると、身長約170センチ、中肉中背の黒っぽい野球帽を被った男が前から近づいてきて、いきなり右肘で私の右胸あたりを強く突いたんです。私は腰から転倒して頭を打って、ちょっと意識がぼうっとして。元々ケガをしていた左足親指をひねって、ものすごく痛かったです。男は私から鞄を奪い、逃げ去りました。
 私は、左足をひきずるようにして約300m先の駅前交番まで歩いて、警察官に助けを求めたのです。公衆電話から電話をするなんて思いもしませんでしたし、途中で2つほど営業中の飲食店がありましたが、何より交番に行くのが先だと思って、飲食店には助けを求めませんでした。
 翌日、病院に行って、暴漢に襲われたことを説明して、頭部打撲、腰部挫傷、左拇指捻挫などの診断を受けました。診断書もあります。何とか保険金を払ってくださいよ。」
 ところが、裁判所は石垣さんの説明を細かく検討し、結局、信用できないと判断し、石垣さんの請求を退けました。そもそも石垣さんが本当に現金約500万円と1235万円相当のハイカを持っていたのかは、よくわかりませんでした。そんな多額なお金を深夜自宅に持ち帰った理由も明らかでありません。
 加えて、被害届を受理した警察官は、「いえ、石垣さんは足を引きずっている様子はなかったですよ。また、多額のお金を盗られたにしては、びっくりするほど冷静でしたよ。」と説明しました。お医者さんも、「ご本人が痛いとおっしゃるので、挫傷等の診断をしましたが、まあ治療をするようなケガではありませんでしたね。」と言いました。そして、何より、石垣さんが当日来ていた服を最後まで出さなかったこと。本当に転倒していれば何らか痕跡があったはずですね。
 とはいえ、石垣さんが嘘をついているとも断定しがたいところです。保険事故をめぐっては裁判所が難しい事実認定を迫られることが少なくありません(東京地方裁判所平成12年5月31日判決)。