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教えられなかった介護者割引~市の過失

「うわっ、損した! 実は昨晩、近くの居酒屋に行ったんだけど、後から店のウェブサイトを見たら1割引のクーポンがあったんだよね。そんなの知らなかったよ!」 おやおや、それはリサーチ不足。でも、そう簡単にすまないこともあるんです。

平成18年1月、Aさんは、身体障害のある娘のBさんのために、志木市健康福祉部福祉課で身体障害者手帳の交付を受けました。その際、福祉課の職員は「障がい者の手引き」を示しながら、障害者であるBさんについて鉄道運賃が半額になることを説明したのですが、実は介護者であるAさんも半額になるのに、それについては説明しませんでした。その理由は、そもそも「手引き」に介護者の割引がきちんと書かれていなかったためと思われます。

平成18年7月、AさんはBさんを連れて山形蔵王を訪れ、さらに同年11月、同様に会津若松と喜多方を周遊しました。Aさんは介護者割引を知らず、その結果、金10,316円を余計に支払うことになってしまいました。Aさんは、志木市の職員がきちんと介護者割引の説明をしてくれなかったから損害を被ったとして、さいたま簡易裁判所に金10,316円の損害賠償請求訴訟を提起したのでした。

「わずか1万円のために?」 そう。しかし、正義の実現が重要なのであって、金額の問題ではない。おそらくAさんはそう考えたのではないでしょうか。平成18年は国連で障害者権利条約が採択された年でもあり、わが国でも障害者の尊厳や自立の尊重などの意識が高まりつつあった時期でした。

これに対し、志木市も全面的に争いました。「市がやっている事業を説明しろというならわかります。でも、鉄道運賃の割引はJRなど民間鉄道会社の取組みでしょう。そんな民間の取組みまで、市が全部調査して説明しなければならないとしたら、負担が大きすぎますよ」というわけです。

裁判所も揺れました。第1審のさいたま簡易裁判所は請求を認めましたが、控訴審のさいたま地方裁判所は一転して市に軍配を上げました。Aさんは当初、弁護士に依頼せずに戦いましたが、上告審は法律論の争いになりますので、ついに弁護士に頼んで勝負に出ました。

そして、上告審の東京高等裁判所は・・・。見事Aさんが勝利を収めました。高等裁判所は、「もちろん、市が民間の事業を何から何まで説明しなければならないわけではありませんよ」と言います。「要は、問題とされている情報の重要性です。障害者にも憲法上、移動の自由がありますね。でもそれを実現するためには介護者が必要じゃないですか。障害者本人を支援するのが重要なら、それと同じように介護者も支援するのが重要なんです」と。なるほど。しかも、身体障害者福祉法は「身体障害者の福祉に関し、必要な情報」を提供することが市の役目だと言っていますしね。今では、志木市の「手引き」にも介護者割引がきちんと書かれているようです。

ただ、高等裁判所も言うように、行政が何でもかんでも教えてくれるわけではありません。やっぱり自分自身のリサーチも大切です。さあ、これから飲みに行くあなた。ウェブサイトを事前チェック!(東京高等裁判所平成21年9月30日判決、さいたま地方裁判所平成22年8月25日判決)。