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「裏目」に出た防犯カメラ~思い込み捜査の落とし穴
駅員「人身事故で電車が止まっていたところ、被告人は私に『なんで止まってるんだ。』と文句を言ってきました。私は何とか収めようとしたのですが、突然、被告人は自分自身の腕をまくり上げ、入れ墨を見せつけ、『なんだ、この野郎』などと怒鳴りながら、私の足を蹴りつけようとしたのです。私は慌てて足を引っ込めたので当たりませんでしたが、とても怖い思いをしました。」
よくある駅でのトラブルみたいですね。駆けつけた警察官2名に、被告人、すなわちAさんは脅迫の現行犯として逮捕されました。Aさんは一貫して否定。検察官はAさんが反省していないとして、正式な裁判にかけることにしました。
ところが、その後、事件は思わぬ展開をたどります。
法廷にて。
検察官「証拠として防犯カメラを示します。ほら、画面右側にAの足がちらりと見えるでしょう。A自身は画面の右側にいて写っていませんが、Aが蹴ろうとしたため、駅員が自分の足をかばおうとしているのがわかるでしょう。」
裁判官「・・・そうですかね。確かに画面右側にわずかにズボンの裾(すそ)が見えますが、蹴っているようには見えませんよ。ところで、駅員さんは入れ墨を見せつけられたとおっしゃっていますが、それは蹴るより前ですか、後ですか。」
検察官「前です。」
裁判官「でも、防犯カメラをみると、Aが両手で持っていたリュックサックが写っていますが、ほとんど動いていませんね。普通、自分で自分の腕をまくり上げるためには、持っているリュックを置くか、あるいは抱え直すとか、いずれにしてもリュックが動くのではないですか。」
検察官「あ、後かもしれません。」
裁判官「・・・。じゃあ、もう一度、駅員さんの話を聞いてみましょう。」
駅員「実は、事件の直後に警察官も立ち会って現場検証したのですが、そのとき逮捕してくれた警察官が、最初に入れ墨を見せて、その後に蹴ろうとしたっておっしゃったので、私の記憶とは違ったのですが、そのとおり証言したのです。」
裁判官「え、でも、防犯カメラを見る限り、ちらりとAの足が見えた後は、警察官数名や他の駅員があなたとAとの間に割って入り、距離も離れているように見えますが。」
駅員「・・・。」
裁判官「なぜ、記憶と異なった証言をしたのですか。」
駅員「途中で話を変えますと、信用されなくなるかなと思って。それに警察官にも迷惑をかけてしまいますし。」
これはいただけませんね。Aさんと駅員との間で多少緊迫した場面があったことはうかがわれますが、脅迫罪の成立には「生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知」したことが不可欠であり(刑法222条)、検察官はその立証に失敗したようです。実は逮捕した警察官たちの証言も崩れたことから、裁判所は無罪を言い渡し、検察官は控訴を断念しました。犯罪立証のための防犯カメラは、検察側にとって「裏目」に出てしまいました。
捜査上の問題は、警察官たちが自分たちの思い込みを優先し、駅員さんの話をしっかり聞かず、駅員さんが「違うと思います」と言えない雰囲気を作ってしまったことでしょう。どんな事件でも虚心坦懐(きょしんたんかい)に人の話を聞くことが出発点です(東京地方裁判所立川支部平成30年5月7日判決。法廷でのやりとりは創作です。事実関係も若干簡略化しています)。