お知らせ
交通事故の被害に遭った社長の休業損害
キィーッ、ガシャン! あー、やっちゃった・・・。帰宅時間帯の首都高速で、Aさんはカーオーディオの操作に気をとられ、前を走行するクルマが渋滞で停車したのをよく見ていなかったのです。高速道路でカマを掘る・・・もとい前方不注意で追突してしまったAさんの過失割合は100%。被害者であるBさんの損害を全部賠償しなければなりません。
そこで、Aさんのご不満は?
「そんなこと分かってますよ。ええ、ボクが全面的に悪いんです。でも、不満なのはBさんの休業損害です。Bさんは、小さなソフトウエア会社のオーナー社長さんらしいんですが、ムチ打ちに伴う入院やら通院やらで出勤できず、その分、会社から役員報酬を減らされたって主張して、減らされた分を請求してきたんです。でも、Bさんはオーナー社長さんですよ。確かに減額された明細書は見せてもらいましたが、本当に減額されたんだか・・・。だって、いくらでも操作できるじゃないですか。一方、会社の方には全然ダメージもなく、売上を伸ばしているってウワサです。だから、会社も収入減になっているっていう証拠を出せって、ボクは要求しているんですよ。」
気持ちはわかります。日本の小さな会社のなかには、オーナー社長の思うがままみたいなところもあって、不透明さを感じることもありますね。ただ、その理屈は裁判所には通りにくいようです。
ほぼ同じ事件を審理した裁判所は、Aさんのような主張に対し、「企業と個人は別の法人格であり、企業に損害が生じていないという理由によって代表者等の個人の損害を否定することは、まさに暴論である」と述べて一蹴しました。「暴論」って言われちゃいますから、この点はあきらめましょう。
ただ、別の視点から賠償額を減らせそうですよ。一般に、現実に業務に従事している役員に対する報酬は、①労働の対価としての部分と、②会社の利益配当としての部分があると考えられており、②会社の利益配当としての部分は、ケガで労働できなかったとしても減らされるはずがないし、仮に減らされたとしても、交通事故との因果関係は認められません。先に触れた裁判所も、Bさんの働きの実情などを考慮して、役員報酬の3割は②会社の利益配当にあたるとして、賠償の対象から外しました(東京地方裁判所平成11年10月1日判決)。
なお、会社がBさんやその家族の生活などに配慮して、あえて役員報酬を減額せず、Bさんに全額支払っていたとしたらどうでしょう。Bさんには休業損害は認められませんが、会社は本来働いていないBさんに余計に報酬を払わざるを得なかったことになりますので、会社にその分の損害が認められることがあります。とすると、Bさんではなく、会社が自ら損害賠償請求をする必要があるんです(東京地方裁判所昭和61年5月27日判決)。
こういった理屈は交通事故に限らず、会社役員さんに対する不法行為一般にも妥当すると考えられますので、注意が必要ですね。